こころの声

こころの声を聞くことを優先順位の一番になるように心がけています
なぜなら、目の前のできごとをこころの声を無視して行うと
今は良くても、その先いつかこころが悲鳴をあげてしまうからです

政治関連のブログなのに なんでそんな「こころ」なんて
と思われる方が多いのではないかと思います
政治はなにも特別なことでもなんでもなくて生活の一部
私たちの日々の生活に密着しているものですよね
そして活動する政治家も同じように生活するひとりの人であり
特別なものでもなんでもないのです
その生活の中でこころが負担になることを強いられたり
自らのこころが望まないことをするとどうなるでしょう
政治家だけではなく誰しもが気づかないうちに
自分の中の歯車がずれていってしまうことになります

私は自分がされて嫌なことを 他の人にする気は更々ありません
完璧な人間などいませんから
生きていれば自分が無意識で気付かないうちに
相手を不快にさせたり 傷つけることがありますよね
ですからせめて意識してわかることは避けるようにしたいです
自分の道徳・宗教・政治・経済などの理念を確信して実行される犯罪
それを確信犯といいます
明らかに不快であると自分が認識していることを
行うことは確信犯のようなもだと思っています

ですから朝の忙しい時間に 駅前でわずらわせたり
気持ち良い日向ぼっこや 学校の授業中に
大きな音量で叫びながら車を走らせたり
街の景観を損なうようなポスターを何枚も連ねたり
不要なビラをポストに入れて貴重な資源をムダにしたり

自分がされると嫌だと感じる行為はしたいと思いません
それは私のこころが望んでいないことだからです
自分のこころを裏切りながら 相手に求めるなんて
どう考えても私にはできません
相手の気持ちに寄りそわなくてはいけないような立場の
一つとして挙げられるのが政治家なんだろうと私は思っています