あたり前

いつでも だれでも だれとでもをモットーに
皆さんにご利用いただいているお店
それが私のお店です
今でこそバリアフリーが広まってきましたが
生まれたころから母親が東京都の重度障害者施設に勤務していたことと
私が小学校6年生の時に父が倒れ 車いす生活になったのを機に
公道から一つも段差がない家に住んでいたことで
段差のある生活に慣れておらず よそでは必ずつまずいていました

母が車いすバスケットボールのチームを運営していたので
日常的に車いすの選手たちが自宅を訪れていましたし
よちよち歩きの頃から試合や練習に同伴され 幼いながらボール拾いをしたり
荷物運びをしたり 彼らがトイレに行くのにもついて行ったりする中で
介助をすることや手を差し伸べることは
感覚でどのタイミングに何が必要なのかを養ってきました
今考えても本当に恵まれた環境で育てていただきました

そこでいつも幼い自分が口にしていたのは
「どうして大人はみんなが入れるトイレだけをつくらないの?
お出かけするといつもみんなのトイレがなくて一緒に入れない!
私はみんなが使うトイレでもできるんだから
みんなが使うトイレだけにすれば誰でも入れるのに
そんなことわからないなんて 大人はそんなに頭が悪いの?」
車いすの人たちや両親である大人たちを そう言っては困らせていました

もちろんお店を始めるにあたって 私にとってあたり前の
公道から段差は一つもないこと トイレはだれでも入れること
最低条件それが造れないのなら店などやる資格はないと思っていました
今のお店の設計、水道、生コンのミキサー車を頼み床の左官、トイレの設置
壁、厨房の設置などなど知人に手伝って頂きながら全部自分で造りあげました
それは予算の関係が大きかったのと もう一つ
実際に介護したりされたりしたことがない人には 想像でしかないので
ニュアンスが伝わらないことは致し方ないことなのですが
例えば業者さんの常識での「段差がない」と私の求める「段差がない」が異なり
自分の納得がいくものができないのを知っていたからです

あたり前は人それぞれ
常識がその人の偏見のコレクションであるなら
その常識は片寄っているのかもしれませんよ?
あたり前ってなんだろうと考えるきっかけになれば そんな気持ちも込めて
ひとつひとつできることを形にすることで 自分の想いを伝えられたらと思っています